順不同/敬称略
渡辺謙
俳優
山崎貴
映画監督
白石和彌
映画監督
樋口真嗣
映画監督
原田眞人
映画監督
森達也
映画監督、作家
川上洋平
ミュージシャン [Alexandros]
こうの史代
漫画家「この世界の片隅に」
ロバート キャンベル
日本文学研究者
橋本幸士
物理学者
朝長万左男
ともながまさお
医師、長崎県被爆者手帳の会友の会 会長
堀潤
ジャーナリスト、キャスター
芝山幹郎
評論家
トラウデン直美
モデル、タレント
平岡敬
元広島市長
細木信宏
NY在住映画ライター
平井伊都子
LA在住映画ライター
落合陽一
計算機科学者
アーサー・ビナード
詩人、絵本作家
笠井信輔
アナウンサー
前嶋和弘
政治学者
中江有里
女優、作家、歌手
小林エリカ
作家、マンガ家
渡辺謙
俳優
「クリス・ノーラン」僕にとってだけでなく、
多くの観客の脳内をかきまわす監督
である。
『メメント』から始まって、『インセプション』、
『TENET テネット』と時空を彷徨う人達が錯綜する話を手掛け、
今度は天才物理学者を描いた『オッペンハイマー』、
原子爆弾を開発した男だ。
日本は被爆国でもあり、この映画が日本で公開されるのか心配していた。
かく言う僕も恐る恐る試写の席に着いた。
今も、
この世界を終わらせてしまうかもしれない爆弾を作った男が、
細やかに、エキセントリックに描かれていた。
盟友キリアン・マーフィーがそれを丹念に生きていた。
だらしなく、誠実で、時代に流されていく男を。
彼の幻覚の中にある、被曝の実態を世界はどう見てくれたのか。
日本の観客にとっても観ておくべき作品なのだと思った。
CLOSE
アーサー・ビナード
詩人、絵本作家
物理学をここまでスリリングに描いた映画は
前代未聞だ。
しかも極秘の開発プロジェクトの内部を、
インサイダーの視点でぼくらに見せてくれる。
見事なセリフの刺激は絶えず脳を覚醒する。
人類初の核兵器を作ったオッペンハイマーたちこそ、
最初のヒバクシャにもなったことが、身にしみる。
CLOSE
落合陽一
計算機科学者
マンハッタン計画を時系列で捉えると単調な人間讃歌になる.
予期はできたが予期せぬ結果,その利用と称賛,自己批判,
これは研究者当人以外には理解し難い内的葛藤がある.
その内的葛藤に切り込んだストーリーを時系列を絡み合わせて提示することで
作品としての旨みが作り込まれている.
難解か?そんなことはない.
何より単純に原子爆弾の
圧倒的エネルギーの暴力性が音と光で満ち溢れ,
我々の脳裏に様々なカタルシス,
畏怖や悲しみを想起させる.
CLOSE
笠井信輔
アナウンサー
日本での公開は全世界より大きく遅れた。
日本人には過酷過ぎるのか?
否!強烈な反戦映画であり、
繊細な科学者の葛藤を想像を超えた
編集と大迫力の音響で描くIMAXで見るべき
伝記映画などこれまで存在しなかった。
アカデミー賞7部門受賞は伊達じゃない。
戦争におけるアメリカの基本精神は今も変わっていないのだ。
日本人こそ見るべき映画だ。
CLOSE
芝山幹郎
評論家
『オッペンハイマー』は
『アラビアのロレンス』を想起させる。
どちらも、明晰で鋭敏で繊細で、
しかし評価をめぐって物議を醸した人物の映画だ。
謎めいた化学記号のようなその肖像を、
クリストファー・
ノーランはめざましい手腕で描き上げる。
イメージはもちろんのこと、
情感やオブセッションを
「積み重ねる力」に眼をみはった。
CLOSE
小林エリカ
作家、マンガ家
神の力を手に入れようとする人間、
男たちの、情熱と、欲望と、その尊大さと卑小さに戦慄する。
その美と恐怖と自己中心的な思考を残酷なまでの緻密さで織りあげ、
私たちに体感させる。
CLOSE
白石和彌
映画監督
凄まじい映画体験。
人類が悪魔を生み出す瞬間を全身震えながら目撃する。
ノーランの最高傑作であり、正攻法で描く反戦映画。
間違いなく今年の見るべき一作です。
CLOSE
朝長万左男
ともながまさお
医師、長崎県被爆者手帳の会友の会 会長
人類史上初の原爆製造の責任者
オッペンハイマーの生涯をクリストファー・ノーラン監督が描く。
前半は徹底した機密の実験成功までをリアルに描く。
成功に沸くなか、オッピーの心の底には「自分は死神」という悩みが始まる。
トルーマン大統領に面会すると彼はその悩みを告白する。
トルーマンはこんな弱虫は二度と連れてくるなと言い放つ。
後半は、原爆から水爆に進もうとする米国の核政策に抗い、
国側の政治家たちと核の非人道性を理解する科学者の対決となって、
ついには原子力界から追放される。
これは
核なき世界が遠のきつつある
現在の世界の根本問題にもつながる。
ここにノーラン監督の政治家の責任を追求する
秘めたメッセージが感じられる
のである。
CLOSE
トラウデン直美
モデル、タレント
この映画は衝撃の連続でした。
天才の見ている世界はこうなっているのか、
と思わせる美しい映像と音楽の世界観に。
歴史の大きな波と人々の思惑が重なり合ったストーリーの重厚さに。
世界を変える未知の技術への興奮とその影響力への恐れは、
開発者の手を離れたが最後、
それらの運命を決めることはできないのでしょう。
人間は知的好奇心を抑え込むことはできない、
そして新たな技術を必ずしも望ましい形で利用できるとは限らない。
技術の進歩著しい今に生きる私たちに過去の天才達は
どんなメッセージを残すのか想像せずにはいられません。
そして、
被爆国日本に住む私たちはこの映画から何を感じ、
どんなメッセージを世界に伝えられるのでしょうか。
CLOSE
中江有里
女優、作家、歌手
世界を崩壊させるかもしれない、恐ろしく、
興奮する場面に居合わせた。
映画「オッペンハイマー」は見る芸術じゃなく、
体感する芸術だ。
CLOSE
橋本幸士
物理学者
心が深く、えぐられました。
物理学が世界を変えていく、
それが物理学者の生活感情に深く結合している。
僕が漠然と感じてきたことが、
非常にリアルな体験へと変換され、
一挙に心になだれ込みました。
僕は、なすすべがありませんでした。
本作は物理学者の心に迫る映画であると同時に、
人類に問いかける、傑作
です。
CLOSE
原田眞人
映画監督
映画史に燦然と輝く「市民ケーン」に匹敵する偉業をクリストファー・ノーランは成し遂げた。
音と光のインパクトでオッペンハイマーの心奥に飛び込む導入部から、
核分裂の連鎖反応のようにぶつかり火花を散らす華麗なる演技陣の対決が続く終盤部まで、
ノーランの緻密な映画力学に圧倒
される。
日本の映画人としては、この大傑作に応ずる形で、
破壊の雨(レイン・オヴ・ルイン)を浴びた広島・長崎の人々の姿を克明に描く義務を、
震えが来るほど強く感じた。
CLOSE
平岡敬
元広島市長
オッペンハイマーは英雄ではなく、
矛盾に満ちた人間である。
科学者の研究成果が、国家によって殺人兵器に利用されたため、
彼は道義的責任に苦しむことになった。
彼が感じた世界の破滅への危惧は、
いま現実となってわたしたちの世界を覆っている。
核の脅威を秘匿する危険性を訴えたために、
彼は赤狩りの標的になった。
その頃の空気は今の時代にも満ちている。
そして足を踏み鳴らして、彼を英雄として迎える研究所員の姿は、
民衆が国家にからめとられる状況を暗示しているようだ。
それゆえ、もう一度観て、
核抑止力を信奉する国家とは何か、を考えたい。
CLOSE
樋口真嗣
映画監督
映画の中でいかに物語を伝えるか。
数奇な運命に翻弄された実在する人物を紹介するか。
善悪のように単純化されることのない
複雑な混沌が渦巻く世界がそこにある。
かつて体験したことのない人生が体感
できる。
これこそ、新しい映画なのだ。
CLOSE
平井伊都子
LA在住映画ライター
世紀の発見が人類の未来を永遠に変えたばかりか、
国にも見放された男の混乱と苦悩をかつてない映画的表現で描き、
観客を物語に没入させる。
オッペンハイマーの原爆開発を美化するのではなく、
想像の範疇を超えた悲劇と後悔に苛まれた
研究者の運命を描く“反戦映画”。
CLOSE
細木信宏
NY在住映画ライター
数奇な理論物理学者ロバート・オッペンハイマーに
聞こえていた発明の漣(さざなみ)は、
想像し難い原爆という全てを飲み込む大波となり、
歴史という海原を超えて我々の魂にこだまし、
放射能という戦争が生んだ深い痕跡を残してゆく。
忘れられない傑作。
CLOSE
堀潤
ジャーナリスト、キャスター
あれだけの悲劇を経験してもなお私達は手にしていないものがある。
目を逸らし、面倒くさがり、遠ざけているもの。
それは「政治」への関与だ。
馬鹿馬鹿しい政治家の権力闘争は放置され続け、
科学を暴力へと貶めていく。
日本人だからこそ、この映画を見るべきだ。
CLOSE
前嶋和弘
政治学者
ナチスよりも先に原爆開発に成功することは、
ユダヤ人であるオッペンハイマーにとって差別との戦いでもあった。
ただその「大成功」は永続的な苦しみの拡大再生産の始まりだった。
そこに至るまでの
オッペンハイマーの心の動きを追体験
できるのが、この映画だ。
CLOSE
森達也
映画監督、作家
広島・長崎への原爆投下に対する評価。
魔女狩りのように吹き荒れた赤狩り。
そして最先端科学と軍事の接合(デュアルユース)。
アメリカの戦後における3つのダークサイドに、
ノーランは正面から切り込んだ。
その手法は
徹底して映画そのもの。
濁流のようにあふれる映像と音。
だからこそ透けて見えるオッペンハイマーの苦悩と絶望。
断言できる。 間違いなくノーランの最高傑作だ。
CLOSE
山崎貴
映画監督
ノーラン監督の作品には常に知的好奇心を刺激される。
パーフェクトに近いスペクタクル
を完成させながらも、
パンドラの箱を開けてしまったオッペンハイマーという科学者の、
善悪が渾然一体となった人間性を浮かび上がらせ、
彼の思惑や社会的地位を、時系列を組み替え
ハードなテーマながらエンターテインメントとして見事に創り上げた。
あの時代に何が起こっていたのか目撃して欲しい。
CLOSE
ロバート キャンベル
日本文学研究者
天才物理学者の一生を彩る才気と驕りと判断ミス、静かな没落。
悍ましい兵器の開発をつぶさに描き、
主人公の視点から遠く離れないことで
むしろ破壊をいまだ正視できない
アメリカの矛盾と、
本人の呵責を鮮やかに炙り出した力作。
CLOSE
こうの史代
漫画家「この世界の片隅に」
「核兵器は狂気の天才のしわざ」なんて逃げ道は、
この映画にはありませんでした。
科学は誰にでも微笑みかけるし、
私欲はどこにでも罠をはる。
けれど、人はいつでも善意を宿すことができる。
この映画に関わるすべての人の善意と勇気に感謝するばかりです。
CLOSE
川上洋平
ミュージシャン [Alexandros]
ノーラン監督作品の中で最もパーソナルな映画であった。
オッペンハイマーの頭の中に入り込んでいく感覚。
その視点ではとてつもなく大きなスケールになり、
ある意味ではとてつもなく小さい。
その往来に振り落とされそうになりつつ、
没入した。
今回は“視点”という軸をも操られてしまった。
CLOSE
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多くの観客の脳内をかきまわす監督である。
『メメント』から始まって、『インセプション』、
『TENET テネット』と時空を彷徨う人達が錯綜する話を手掛け、
今度は天才物理学者を描いた『オッペンハイマー』、
原子爆弾を開発した男だ。
日本は被爆国でもあり、この映画が日本で公開されるのか心配していた。
かく言う僕も恐る恐る試写の席に着いた。
今も、この世界を終わらせてしまうかもしれない爆弾を作った男が、
細やかに、エキセントリックに描かれていた。
盟友キリアン・マーフィーがそれを丹念に生きていた。
だらしなく、誠実で、時代に流されていく男を。
彼の幻覚の中にある、被曝の実態を世界はどう見てくれたのか。
日本の観客にとっても観ておくべき作品なのだと思った。
CLOSE
前代未聞だ。
しかも極秘の開発プロジェクトの内部を、
インサイダーの視点でぼくらに見せてくれる。
見事なセリフの刺激は絶えず脳を覚醒する。
人類初の核兵器を作ったオッペンハイマーたちこそ、
最初のヒバクシャにもなったことが、身にしみる。
CLOSE
予期はできたが予期せぬ結果,その利用と称賛,自己批判,
これは研究者当人以外には理解し難い内的葛藤がある.
その内的葛藤に切り込んだストーリーを時系列を絡み合わせて提示することで
作品としての旨みが作り込まれている.
難解か?そんなことはない.
何より単純に原子爆弾の
圧倒的エネルギーの暴力性が音と光で満ち溢れ,
我々の脳裏に様々なカタルシス,
畏怖や悲しみを想起させる.
CLOSE
日本人には過酷過ぎるのか?
否!強烈な反戦映画であり、
繊細な科学者の葛藤を想像を超えた
編集と大迫力の音響で描くIMAXで見るべき
伝記映画などこれまで存在しなかった。
アカデミー賞7部門受賞は伊達じゃない。
戦争におけるアメリカの基本精神は今も変わっていないのだ。
日本人こそ見るべき映画だ。
CLOSE
『アラビアのロレンス』を想起させる。
どちらも、明晰で鋭敏で繊細で、
しかし評価をめぐって物議を醸した人物の映画だ。
謎めいた化学記号のようなその肖像を、
クリストファー・ノーランはめざましい手腕で描き上げる。
イメージはもちろんのこと、
情感やオブセッションを
「積み重ねる力」に眼をみはった。
CLOSE
男たちの、情熱と、欲望と、その尊大さと卑小さに戦慄する。
その美と恐怖と自己中心的な思考を残酷なまでの緻密さで織りあげ、
私たちに体感させる。
CLOSE
人類が悪魔を生み出す瞬間を全身震えながら目撃する。
ノーランの最高傑作であり、正攻法で描く反戦映画。
間違いなく今年の見るべき一作です。
CLOSE
オッペンハイマーの生涯をクリストファー・ノーラン監督が描く。
前半は徹底した機密の実験成功までをリアルに描く。
成功に沸くなか、オッピーの心の底には「自分は死神」という悩みが始まる。
トルーマン大統領に面会すると彼はその悩みを告白する。
トルーマンはこんな弱虫は二度と連れてくるなと言い放つ。
後半は、原爆から水爆に進もうとする米国の核政策に抗い、
国側の政治家たちと核の非人道性を理解する科学者の対決となって、
ついには原子力界から追放される。
これは核なき世界が遠のきつつある
現在の世界の根本問題にもつながる。
ここにノーラン監督の政治家の責任を追求する
秘めたメッセージが感じられるのである。
CLOSE
天才の見ている世界はこうなっているのか、
と思わせる美しい映像と音楽の世界観に。
歴史の大きな波と人々の思惑が重なり合ったストーリーの重厚さに。
世界を変える未知の技術への興奮とその影響力への恐れは、
開発者の手を離れたが最後、
それらの運命を決めることはできないのでしょう。
人間は知的好奇心を抑え込むことはできない、
そして新たな技術を必ずしも望ましい形で利用できるとは限らない。
技術の進歩著しい今に生きる私たちに過去の天才達は
どんなメッセージを残すのか想像せずにはいられません。
そして、被爆国日本に住む私たちはこの映画から何を感じ、
どんなメッセージを世界に伝えられるのでしょうか。
CLOSE
興奮する場面に居合わせた。
映画「オッペンハイマー」は見る芸術じゃなく、
体感する芸術だ。
CLOSE
物理学が世界を変えていく、
それが物理学者の生活感情に深く結合している。
僕が漠然と感じてきたことが、
非常にリアルな体験へと変換され、
一挙に心になだれ込みました。
僕は、なすすべがありませんでした。
本作は物理学者の心に迫る映画であると同時に、
人類に問いかける、傑作です。
CLOSE
音と光のインパクトでオッペンハイマーの心奥に飛び込む導入部から、
核分裂の連鎖反応のようにぶつかり火花を散らす華麗なる演技陣の対決が続く終盤部まで、
ノーランの緻密な映画力学に圧倒される。
日本の映画人としては、この大傑作に応ずる形で、
破壊の雨(レイン・オヴ・ルイン)を浴びた広島・長崎の人々の姿を克明に描く義務を、
震えが来るほど強く感じた。
CLOSE
矛盾に満ちた人間である。
科学者の研究成果が、国家によって殺人兵器に利用されたため、
彼は道義的責任に苦しむことになった。
彼が感じた世界の破滅への危惧は、
いま現実となってわたしたちの世界を覆っている。
核の脅威を秘匿する危険性を訴えたために、
彼は赤狩りの標的になった。
その頃の空気は今の時代にも満ちている。
そして足を踏み鳴らして、彼を英雄として迎える研究所員の姿は、
民衆が国家にからめとられる状況を暗示しているようだ。
それゆえ、もう一度観て、
核抑止力を信奉する国家とは何か、を考えたい。
CLOSE
数奇な運命に翻弄された実在する人物を紹介するか。
善悪のように単純化されることのない
複雑な混沌が渦巻く世界がそこにある。
かつて体験したことのない人生が体感できる。
これこそ、新しい映画なのだ。
CLOSE
国にも見放された男の混乱と苦悩をかつてない映画的表現で描き、
観客を物語に没入させる。
オッペンハイマーの原爆開発を美化するのではなく、
想像の範疇を超えた悲劇と後悔に苛まれた
研究者の運命を描く“反戦映画”。
CLOSE
聞こえていた発明の漣(さざなみ)は、
想像し難い原爆という全てを飲み込む大波となり、
歴史という海原を超えて我々の魂にこだまし、
放射能という戦争が生んだ深い痕跡を残してゆく。
忘れられない傑作。
CLOSE
目を逸らし、面倒くさがり、遠ざけているもの。
それは「政治」への関与だ。
馬鹿馬鹿しい政治家の権力闘争は放置され続け、
科学を暴力へと貶めていく。
日本人だからこそ、この映画を見るべきだ。
CLOSE
ユダヤ人であるオッペンハイマーにとって差別との戦いでもあった。
ただその「大成功」は永続的な苦しみの拡大再生産の始まりだった。
そこに至るまでの
オッペンハイマーの心の動きを追体験
できるのが、この映画だ。
CLOSE
魔女狩りのように吹き荒れた赤狩り。
そして最先端科学と軍事の接合(デュアルユース)。
アメリカの戦後における3つのダークサイドに、
ノーランは正面から切り込んだ。
その手法は徹底して映画そのもの。
濁流のようにあふれる映像と音。
だからこそ透けて見えるオッペンハイマーの苦悩と絶望。
断言できる。 間違いなくノーランの最高傑作だ。
CLOSE
パーフェクトに近いスペクタクルを完成させながらも、
パンドラの箱を開けてしまったオッペンハイマーという科学者の、
善悪が渾然一体となった人間性を浮かび上がらせ、
彼の思惑や社会的地位を、時系列を組み替え
ハードなテーマながらエンターテインメントとして見事に創り上げた。
あの時代に何が起こっていたのか目撃して欲しい。
CLOSE
悍ましい兵器の開発をつぶさに描き、
主人公の視点から遠く離れないことで
むしろ破壊をいまだ正視できないアメリカの矛盾と、
本人の呵責を鮮やかに炙り出した力作。
CLOSE
この映画にはありませんでした。
科学は誰にでも微笑みかけるし、
私欲はどこにでも罠をはる。
けれど、人はいつでも善意を宿すことができる。
この映画に関わるすべての人の善意と勇気に感謝するばかりです。
CLOSE
オッペンハイマーの頭の中に入り込んでいく感覚。
その視点ではとてつもなく大きなスケールになり、
ある意味ではとてつもなく小さい。
その往来に振り落とされそうになりつつ、没入した。
今回は“視点”という軸をも操られてしまった。
CLOSE